あれは、銭湯にいった帰り道。
たぶんもう22時は過ぎてたんじゃないかなぁ。
びちゃびちゃの髪をゆらしながら、私は小学校からの友達と、夜中の住宅街をプラプラしていた。
「あれ、何なんだろうね?」
そう言ってルイちゃんが指差したのは、どこにでもある古いアパートの2階にある、奇妙な看板だった。
“貸本屋”
・・・そこにはゴシック体の赤い文字でそう書いてあった。
気になって階段を登ってみると、その部屋らしき扉には何も書かれてない。
だが、ほんの少しだけ空いた隙間から、中の灯りがじんわり漏れていて、私はそこからできるだけ気配を消して中を覗き込んだ。
・・・大量の本が、、机の上に積まれている。
「・・・ここだわ。」
「どうする?」ルイちゃんが言った。
普段なら、「よくわかんないし帰ろっか」となるところだが
なぜだかその時の私は「いやこれ、なんか行った方がいいな」という
根拠のない好奇心に胸がむくむくと膨らみ、その勢いのまま扉をノックした。
「・・すいませーん・・・。・・あの・・・すいませーん。」
すると中から40代半ばくらいの綺麗な女性がゆっくりと歩いてきて言った。
「よく来れたね。ここね、勇者しか辿り着けないの。」と言った。
一瞬、夢なのかな?とも思ったが、それは紛れもなく現実なのであった。
「・・えっとあの、ここって本屋さんですか?」と私があわてて聞くと
「ううん。貸本屋。本を貸すところ。」と言って、その女性はその店のルールを教えてくれた。
どうやら貸本屋は、めちゃくちゃ簡単にいうと“図書館の個人版”みたいなものらしい。
一冊80円~250円くらいで借りられるが、消して儲かる職業ではないため、ほぼボランティアも同然でやっているのだとか。
営業は週に3回、そのどれもが夜のみ。
ただ、本当に本が好きな人、大切にしてくれる人、そしてきちんと返してくれる人にしか貸し出したくないのだという。
私は置いてある本をグルーっと見渡したが、そこで初めてそのほとんどが漫画なことに気づく。
「・・・あ、漫画、なんですね。」
「そう、漫画は好きですか?」女性は言った。
「・・あ、えっと、自分は小説をよく読みまして、あの漫画でしたら、ブラックジャックとか好きでし!!!」
よくわからない返事をしてしまった。
「ブラックジャック、渋いね。いいじゃん。」
「あ、あは。そうですか、渋いですか?父親が好きでして。はいー。」
何だろう、いつから私は芸人のやすこみたいな返ししかできなくなってしまったのだろう。
妙な緊張感。
自分という人間の、どこか大事な部分を見透かされているような、でも何だろう、その緊張がどこか心地よくて。ついつい、いたくなる空間。
「さおり、これ好きそう。」
そう言ってルイちゃんが本棚から引き抜いて見せてきたのは
「自分の母だけは絶対に死なないと思い込んでいた」というコミックエッセイだった。
「あー・・・めっちゃ気になるわ。」
「だと、思った。あと、これは?」
「・・え、これも気になる」
さすがルイちゃん。小学生からの仲なだけあって、私が何に目がいくかわかっている。
「あ、あのこれ、借りたい場合は、どうしたらいいですか?」
「そしたら、今からこの店のルールをもう一度丁寧に10分間説明するから、それを守ってくれるなら、会員にするよ。」
「は、はい!」
こうして私は、古くからある元祖図書館、貸本屋さんの会員になったのである。