おはなすび の オススメ

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不自然な良い人たち

【丸の内魔法少女ラクリーナ/変容・村田沙耶香

 

たとえば「いつも怒ってる人と、怒ってない人、どっちの方が好きですか?」と言われたら、たぶん多くの人は「怒ってない人」の方を選ぶし

 

「いつも精神を病んでいる人と、病んでない人、どっちの方と一緒にいたいですか?」と言われたら「病んでない人」の方が、おそらく多く選ばれるだろう。

 

でも、だったらそもそも「怒る」とか「悲しむ」とかっていう

マイナスな感情って、人間にとって必要なのか?と問われたら・・・あなたはどう答えるだろうか・・・?

 

村田沙耶香さんの【丸の内魔法少女ラクリーナ】という短編小説に出てくる「変容」という話には

 

そんな「怒る」とか「悲しむ」といった感覚が、本当に心の底からわからないというよりも

そもそも知らない人たちで埋め尽くされていく。

 

 

******

 

“ なんだか良い人ばかりの穏やかな店だな、と思ったのは近くのファミリーレストランで、久しぶりにパートタイムで働き始めた時のことだった”

 

主人公の40歳の女性は、近所のファミレスでバイトを始めるのだが

そこで働く若いスタッフたちが、あまりにも人間的に良くできた人たちばかりで、なんとも言えない違和感につつまれる。

 

最初に変だな・・・と思ったのは、酔っ払いのおっさんが早朝にフラフラとお店に入ってきた時のことだった。

 

「おいっ!」とバイトの高岡くんを大声で怒鳴りつけたかと思うと

注文した いちごパフェが、実物と写真とで、あまりにも違いすぎるだろうが!というクレームを叩きつけた。

 

しかしそれは、おっさんが注文したパフェと、その写真のパフェじたいが

「そもそも全く別の商品だった」という、完全なるおっさん側の勘違いによるものだった。

 

それに対してバイトの高岡くんは、ものすごく丁寧に対応をすまし

カウンターに戻ってきたかと思うと、愚痴ひとつ漏らすことなく、新しいパフェを作り始めた。

 

 

主人公は、そんな彼の対応に感動し、おもわず声をかける。

「えらいね、嫌なお客さんにも、ムッとした顔もしないで。」

 

すると彼は、なんですか?それ・・・といったような顔で「・・・ムッとする?」と、聞き返したのだった。

 

ぇ・・・・?

読んでいるこちら側にも、主人公といっしょに、感じたことのないタイプの違和感がこみあげる。

 

数日後、また主人公の女性が出勤すると

今度は雪崎さんという、これまたバイトの若い女性が

老人に怒鳴りつけられているところだった。

 

「注文したドリアが1時間待っても出てこない」と言ったタイプのクレームだったが、調べてみるとまだ10分しか経っていなかった。

 

仕方がないので厨房に「急ぎで」と伝え、すぐに作って持っていくと

今度は「おいおいチーズがないだろ!チーズ持ってこいよ!」と騒ぎはじめる。

チーズは、セルフで自分で持ってくるのがこの店のルールだった。

 

 

しかし、それに対しても雪崎さんは、嫌な顔ひとつせず、老人に粉チーズを持っていくと

さらに「気が利かねえな。タバスコもだよ!」

とまくしたてる老人に対してまで、笑顔で接客した。

 

そんな彼女に、またもや主人公の女性は大きな感動を覚える。

「すごいね!接客のプロだよ!雪崎さん!えらい!本当にえらい!人間ができてる!尊敬しちゃう!」

 

ところが、この前の高岡くん同様、彼女も全くピンとこなかった。

 

それどころか主人公の「・・・私だったらすぐカッとなっちゃうから・・・。」

 

という言葉に対し「・・・・カッとなる・・・?」

 

 

「川中さんってたまに 不思議な言葉 使いますよね。ちょっと古風な。」

「ああ、雪崎さんの言ってることわかる!教科書とかによく乗ってる言葉だよね。」

 

え!二人とも、自分では感じたことないってこと?

イライラしたり怒ったりしたことないの?

 

「怒る・・・・・あの漢字で書くと、女、又、心のあれですよね?」

 

そうだけど・・・・

 

主人公は、しだいにそんな二人が怖くなる。

怖くなって家に帰って夫にその話をすると、夫は何かを思い出したかのように言った。

 

「ああ。最近、若者から『怒り』の感情がなくなりつつあるって、そういえばテレビで特集されてたな。」

 

(丸の内魔法少女ラクリーナ・変容〔作:村田沙耶香〕より引用)

******

 

「最近の若い人はさ」この言葉を、10年くらい前の私は、いつも鬱陶しく思っていた。

 

その時は、自分も若い側だったし、ただ時代についていけなくなった、おっさんおばさんが、何かって言ってんな~くらいに思っていた。

 

そして誓った。

自分がこの人達くらいの歳になった時は、あーだこーだ言って若者を萎えさせるのだけは気をつけよ~、と。

 

でも……もし。

 

怒ったり悲しんだりすること自体が「時代遅れ」とされるような時代が来たら・・・

 

それも感情をおさえつける・・・とかではなく。

 

本当に自分以外のすべての人が

 

そもそもそんな感情なんて抱きもしない、よくできた完璧な人ばかりになったとしたら・・・・

 

はたして私は、笑ってそれを受け入れることができるのだろうか・・・・・?

 

 

この小説では、そんな負の感情をいっさいもたない完璧な人間にかこまれていく主人公が、気が狂いそうになりながらも

 

なんとか生きていこうとするを描いている。

 

おかしいのは私の方なのか?

よく怒る人と、穏やかな人。

ヒステリックな人と、冷静沈着な人。

 

果たして、どちらのタイプの人間があふれる世界がが「良い」のだろうか・・・。

 

題名にもなっている「丸の内 魔法少女ラクリーナ」も、もちろんめちゃめちゃ面白いが

 

この最後の話「変容」もかなり面白いので、リアルな違和感を味わいたい方には、ものすごくおすすめの一冊でございます。(全部で4つのお話が入ってます^^)