おはなすび の オススメ

〜 本・マンガ紹介 〜

女の性欲

【よるのふくらみ 作:窪美澄

 

人は、よくわかんないタイミングで、よくわからないことを告白したくなることがある。

 

「あ、そう言えば俺、3年間付き合ってた彼女に浮気されて性病うつされたことあるよ」

 

「えっ」

 

「しかも2種類っ」

 

「えっ」

 

「医者行ったら何か心あたりはありますか?って言われて。俺、風俗とかも行かないんだよ。だからないですって言ったら」

 

「うん」

 

「そうですか、そしたらお気の毒ですけどたぶんパートナーの方からですね、ダブルパンチですねって」

 

「・・・っ。ごめんなさいちょっと。笑」

 

「性病ってなったことある?」

 

「ないですよ。笑」

 

「マジでやばいよ?俺、その時も配達の仕事してたんだけど、いく店いく店で激痛に耐えながらトイレ借りてさ。もう尿すんのが怖いんだよ。くんな俺の尿意って切に願ったね。」

 

「ほ、ほめんなさい、あの・・」

 

「いいよ笑ってくれて。俺なんでこんなこと話してんだろう?というか改めて思うけどさ、俺、悪くないよね?俺はただ好きな女と性行為をしただけだよ。お付き合いもしててさ。」

 

「・・・っ」

 

「え、俺が悪いの?」

 

「ほめんなはい、もうやめてくだはい」

 

だめだ・・やっぱり私は理不尽な目にあったエピソードを、爽やかに話す人が大好きだ。

 

 

 

配達業の吉岡さん(仮)は、そんなことがあった後もその女性と2年間もお付き合いを続けたのだとか。

 

なんで?冷めないの?と周りからも散々言われたらしいが、なぜだか自分から別れる気にはならなかったのだと言う。

 

「俺さ、たぶんバカなんだけど。」

 

となにかの流れで言ったときは、思わず「でしょうね」と反射的に口から出そうになって慌ててそれを引っ込めた。

 

結局、その彼女さんは吉岡さんが問い詰めると「無理矢理された」と言ったらしい。

 

それについてはもう本当のことはわからない。

 

でもこの話を聞いててよぎったのは、それが嘘だったとしても本当だったとしても。

 

やっぱり女性にも男性と同じくらい性欲ってあるよね、ってこと。

 

 

そしてみんなそれを周りに悟られることなく、ひっそり抱えて生きている。

 

女性の性は、窮屈だ。

 

恋人にも、友達にも、家族にだって・・・

 

その関係が深ければ深いほどに、あまり生々しい部分には話が及ばないよう敏感な神経をはりめぐらせてちょうどいい距離をとる。

 

「ある」ものを「あまりない」もののようにして生きていかなければ、女は生きていけないのだ。

 

そこがね、なんかこう、本当のところ皆んなどうなん?

 

っていうのを、ものすごくリアルに描いているのが窪美澄さんの「よるのふくらみ」という作品である。

 

マリアさんは言った。

 

“ いんらんじゃない女なんていないんだけどね ”(p.133より引用)

 

でもここで言う「いんらん」っていうのはなんかこう・・・たぶん男性の思うそれとはまたちょっと違う気もして、、、

 

女性の性は本当に複雑で・・・繊細で、傷つきやすく、でもどこか満たされないものを、求められることによって埋めようとする。

 

それはもう体の欲望なのか、心の欲望なのか、本人すらもわからない。

 

 

********

 

“挿入してくれなくてもいいから。抱きしめてくれるだけでいいから。最初はそう思っていた。だけど、それもやっぱり嘘だ。私のからっぽに栓をしてほしかった。(p.25より引用)”

 

圭ちゃんとは子供の頃からの幼馴染だったし、お互いの家族のことも今までのあれやこれやも大体のことは全部知ってる。

 

圭ちゃんは優しい。優しいしかっこいい。

 

圭ちゃんは私が困ったときはいつも助けてくれたし、守ってくれた。

 

だれもが憧れるようなよくできた彼氏であり、のちの旦那候補としても申し分ない。

 

ただ一個だけ。たった一つだけ私たちの間には問題がゴロンと転がっていた。

 

セックスレス

 

去年の大晦日を最後に、圭ちゃんは私を抱かなくなった。

 

12月31日。ソファに並んで紅白歌合戦を見ていた私たちはなんとなくそんな雰囲気になった。

 

“圭ちゃんの冷たい指が、私の頬に触れてきただけで下腹部の奥がきゅんと切なくなった。(p.23より引用)”

 

どこか冷静な圭ちゃんをよそに、私はもう自分の欲望が抑えられなくなった。

 

圭ちゃんのトレーナーを脱がし、Tシャツをめくり、なかば強引にせまった。

 

でも、いくら私が創意工夫をこらそうと、圭ちゃんのそれはけして形を変えることはなかった。

 

「今日はなんだか・・・ごめんね」圭ちゃんは私の頭を撫でながらすまなそうに言った。

 

それから私たちは、行為をしなくなった。

 

私の欲望は方向性を見失ったまま投げ出された。

 

“「してくれませんか?」という一言を圭ちゃんに伝えることはどうしてもできなかった。排卵期になるたびに激しく欲情している自分が情けなく、汚らしくも思えて・・・(p.25)”

 

 

*********

 

 

・・・わ、わかる。めっっちゃわかる。

 

というかこれ、多分わかる女性はいっぱいいるんじゃないか?

 

そしてこうゆうことって、あまり口に出して人に相談するもんでもないからこそ、こうやって繊細に描いていくれる作品はものすごく貴重なのである。

 

女性の性は厄介だ。

 

昔読んだ何かの本に「女は心で濡れる」という一文があったが、まさにその通りで。

 

ただただ誰でもいいからとりあえず抱かれれば満たされる、というわけではない。

 

女として求められることと、人としても大切にされる安心感、そのどちらも感じとれる気配がして、初めて女はその気になる。

 

そしてそのどちらかがパートナーから感じられなくなったり、バランスが取れなくなってきた時にこそ、女の心はゆれる。

 

とほうもない寂しさと、どうしようもない虚しさが心の穴にふりつもり、何かで埋めないとどうにもならないような衝動に駆られる。

 

そしてその心の穴が、肉体の穴とも繋がっているのが女という生き物なのである。

 

 

いやもちろん。

 

それを理性だったり、他の何かで止めるのが大人なんだけどねい(`・ω・´)

 

でも「そうゆう欲望を一瞬でも抱いてしまう」ということ自体は、けしてどんな立場の人間であれ、汚いことではない。

 

人間は、社会とか、世間とか、道徳倫理、常識ルールなんてものの前にまず皆が一律に生き物なのだと。

 

そしてその生き物としての自分を「汚い」だなんて思う必要は全くない。

 

心の中だけはいつだって自由だ。

 

 

 

 

「なんで別れなかったんですか?」

 

今まで何度もされたであろう質問を、私は吉岡さんに投げてみた。

 

「うーん、なんでだろうね。みんなに辞めとけって言われたんだけど、わかんないや。」

 

俺バカだからさ、とヘラヘラ笑うその顔にはまだ少しだけ彼女を想う名残がにじんでいるようにも見えた。

 

いいな・・と思う。

 

そんだけ愛された彼女さんはきっと魅力的な人だ。

 

そして、そんだけ愛せる人に出会えたことや、そんだけ愛せる能力が自身の中に秘められていたということ事態が、実はウルトラ超絶ラッキーパンチなことだったりもする。

 

“一生のうち本当に好きになれるやつなんて、そう何人もいないんだぜ。出会えないやつもいる。出会えただけで幸運だ。女のわがままなんて、かわいいもんだって。私を大事にしてくれ、って、あいつらの言いたいことはそれだけなんだから(p231より引用)”

 

性欲は、時として人を狂わせる。

 

男も女も、所詮は理性の皮を被ったただの野生の動物だ。

 

でも、そんなどうしようもない根源的欲求すらも、愛する人の一部だと捉え、とりあえずまるまる飲み込んでみたという人間も、どうやらこの世にはいるらしい。