「あの、非常に言いにくいのですが・・・。」
有楽町の交差点で信号待ちをしつつ、私は意を決して口を開いた。
「あの・・・女性に花を一輪わたすというのは、それは好きですって言ってるようなものかと。」
っえーーーーーーーーー!!
向こう岸にいる家族連れがこっちをビクッと振り向いた。一家の母と思われる女性がものすごい目つきで我々を睨んでいる。
「声が大きいですって。」
「すみません。。」
「きっとそれをもらった女性は、花の意味を調べて色々考えちゃうかと。」
「そうなんですか??なんで言ってくれなかったんですか!?あーもう!遅いですよ!今更!!」
言ったよ。言った、私は。
私は自分にできうる全エネルギーを使って伝えたつもりだ。聞かなかったのはそちらではないか!
時は10分前に遡る。
有楽町でやっていた「ココ・シャネル展」に我々は出向いた。
我々、というのは私とミスターエムと名乗る52歳の男性である。彼とは読書会で知り合った。
ミスターエムがココ・シャネルの人生そのものに惚れこんでいるという熱弁をあまりのもふるうもんだから
そうゆう人と一緒に行ったら何か面白いことを教えてもらえるのでわ・・と思い、私の方からお誘いしてみたのである。
問題は・・・その帰りだ。
シャネル展自体は思っていたよりもずっと面白く、ミスターエムに聞きたいことも山ほど出てきたので
どっかの喫茶店で、彼の熱すぎる語りでもまた鼓膜に染み込ませてから帰ろうかと思っていたのだが。
いざ「じゃ、喫茶店でも探しましょうか。」
と私がGoogleマップをいじり始めると、ミスターエムは何やらキョロキョロしだしたのである。
・・・?
「ん、どうしました?」
「あ、いや、ちょっとお願いが。ここ寄っても良いですか!」
何かと思って視線の先をみると、それは小洒落た花屋だった。
「良いですけど、花なんて買うんですか?」
「ハイ!あの選んでほしいんです!女性に選んでもらった方が良いかと思いまして!!」
なんだよおい。わりと充実した人生おくっとるでわないか。
そんなことを思いつつ、私はるんるんで店内に入っていくミスターエムの後に続いたのであった。
店内に入ると、おしゃれなバケツに入れられた花達が四方八方にずらりと並べられていた。
久しぶりに嗅ぐ花の香りに、私もちょっとテンションが上がる。
「あの!女性が喜ぶものを教えてください!」
「はい、あの、その女性とはどういった関係なのですか?」
「はい!!重くならないような花を教えてください!!」
「はい、そうですよね、やっぱ喜んでもらいたいですよね。それは関係性によって変わってくると思うのですが、その方とはいったいどういった関係性なのですか?」
「はい!感謝を伝えたいのです!!重くならない感謝を伝える花はどれですか??」
いくつかのターンの中で、私は何かを諦めた。
そのとき,一番右上に飾られていた花が私の視線をとらえた。
うおおお!フィーヌちゃんではないか・・・!
フィーヌちゃん、というのは私が唯一好きな花でいっとき毎日のように部屋に飾っていた。
本名はデルフィニウムと言うらしいが、ペラッペラの生きてるのか死んでるのかわからないほどにうすく儚いその花びらは
「この子だけは絶対に大切にしてあげなくてはならぬ」と思わせる何かがある。この子は違う、この子は圧倒的に、他の子とは何かが違うのだ!
おお、フィーヌちゃん・・こんなところで出会ってしまうとわ・・・と思っていると
「これですか?」
と言ってミスターエムが、フィーヌちゃんを雑に指差した。
・・・・。
なぜだろう、この男にはフィーヌちゃんを渡したくない。
「こ、これは!私が好きな花なんですけど、それは私がってだけで、けして全ての女性が喜ぶとh・・・」
「んー青か・・・。まいっか、すいませーん。」
ま、いっか?
あん?
そのとき私は何かを決意した。
こやつ、店を出たら絶対に現実を思い知らせてやる!
これはろくに人の話を聞こうとしなかった罰じゃウルア!!!!
私はすでに、ウキウキと高級な和紙にくるまれていくフィーヌちゃんを幸せそうに見つめているミスターエムの背中を
どっかの大魔神のような笑みでもって後ろから見守ったのである。
そして・・その時が来た。
ミスターエムは交差点の信号が青になっても「どうして言ってくれなかったんだ!!」と喚き続けた。
「言いました、私は何度も言ったのに聞かなかったのはミスターさんの方じゃないですか!!」
ミスターさんって誰だよ、と改めて思う。
「だって、なくなる物が・・・残らないものが良いって聞いたことがあるんです!!」
「それはそうです、でも花は違うんですよ。花は残るんです。」
「どうゆうことですか?」
「たとえば紅茶とかだったら、家に帰ってスッと冷蔵庫の横とかに置いといて、飲みたくなったときに飲むことができる。」
「・・花だって枯れるじゃないですか!」
「花をもらったら、まず家に帰ってからどうしますか?花瓶を用意して水を入れて、何日かのあいだ面倒を見ないといけない。それは、その間ずっとその人の存在が家の中に残るということです。いわゆる同居ですね。」
「その人の存在と朝・昼・晩、寝食を共にし、一緒に生活しなくてはならない。そんなものを、よくわからない距離感の方にいきなりもらったr・・・・」
「うおあああああああああ!!!!」
フッ( ´_ゝ`)ちとやりすぎたか。
「ぼかぁ、いつだって花に狂わされてきた人生だったんだ!!」
少し前を歩いていたサラリーマンが見てはいけないものを見てしまったみたいな顔で、スッと視線を前に戻した。
「どうして狂わされたと思いながら・・また花を?」
「あなたは本当に、痛いところをつきますね・・・。」
腰抜けになったミスターエムを、私は近くにあったお茶屋さんに引っ張っていった。
「ちょうど良いの一緒に選びましょう!きっとこれくらいの方がちょっとした贈り物にはちょうど良いかと・・。」
ああ。なんと親切な行いをしたのだろう。神よ我にさちの雨をふらせたもう。
それにしても真っ直ぐだな、と思う。
ミスターエムは真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐだ。
相手のことが見えないくらい真っ直ぐなもんだから、ついついあれこれ口出したくなってしまったが・・・
「相手のことすら見えなくなるほど自分の気持ちでパンパンだったこと」って、果たして私は今までどれくらいあっただろう?
と、しょぼくれた顔で喫茶店のアイスコーヒーを啜るミスターエムを見て思う。
相手がどう思うよりもまず先に自分の気持ちでパンパンで、嫌われるかもしれないより好き好き大好きああ会いたいがまさって・・・
そうゆうのって、いったいいつが最後だっただろうか?
もちろん「それって本当に愛してるってことなのか」とか「本当に相手のことを想うならもっと・・」とか。
そうゆうのも、わかる。
でも、本当にそれで良いのか・・?とも同時に思ったりする。
「物分かりの良いよくできた大人」と「物分かりの悪い馬鹿な求愛」を天秤にかけた時。
実は後者の方が嬉しかったりするのが、人間ってもんじゃないだろうか・・?
舞城王太郎の「好き好き大好き超愛してる」は、その薄っぺらそ~なタイトルを見ただけで
「読むきにならねぇ・・・」と思わずそっぽ向いてしまいたくなる人もいるかと思うが(現に、石原慎太郎さんがそう言ったらしいです。笑)
読んでみると思ったよりもずっと深くて。
待てよ、相手の気持ちをたてるってことだけが愛じゃないよな。とか。
そもそも「たてる」って綺麗にまとめてるだけで、本当にたててるのは自分が傷つかない距離を保つための心の壁の方なんじゃないか?・・・とか。
とにかくあらゆる角度でもって「人を想う」と言うことを、もう一回じっくり考えてみるきっかけをくれる。
*********
“いや、柿緒が何を聞きたかったが問題なんじゃない。柿緒に何を言うべきだったかが問題なんじゃない。僕が柿緒に何を言いたかったかが問題なのだ”
“いい彼氏だったわけではないことを知ってほしい。僕は本当に、柿緒にすがりついて「死なないで欲しい」「死なれると困る」と、無駄でも言うべきだったのだ。(p39より引用)”
大事な人を失いそうになった時、あるいは近い将来失うことがわかっている時、乱れない大人なんていない。
亡くなった恋人が火葬場へと運ばれていく。
その姿形が、もうあとちょっとでスイッチ一つでなくなってしまう。
恋人の弟が叫んだ。
「駄目だ駄目だ燃やすな、柿ちゃんを燃やすな、燃やしちゃ駄目だ」
それは消して火葬場の職員に燃やすなと頼んでいたのでも、周りにいる家族に燃やさせるんじゃない、と訴えていたわけでもない。
祈ったんだ。
燃やさないでくれ、どうか、お願いだから、柿緒の遺体が燃やされませんようにって、祈ったんだ。
そうだよな、そうだそうだ燃やされたくないよな。僕は彼女の弟を見て思った。
先を越された。
悔しくて、でも羨ましかった。
本当は僕がそれをやりたかった。
でも今から僕までそれを続いてやったらバカみたいだし、本当に火葬が中断されてみんなに迷惑をかけてしまう。
それは怖いな、というつまんない気持ちで僕はその瞬間を逃した。
“僕は柿緒のことが大好きだった。愛していた。でも大好きだ、愛していると言うことよりも、最期には、死んでほしくないと言うことを伝えたかった。”
“死んでほしくない、死なれるのは嫌だという言葉の中に、大好きだ、愛してると言う気持ちは十分に入っている。ワーンと泣いて嫌だ嫌だと駄々をこねるみっともない姿の中に、僕の愛情はこめられれたはずだ(p41より引用)”
恋人がなくなった後も、僕は彼女とのことを考えた。
考えて考えて考え続けて、その出来事をもとに小説も書いた。(僕は小説家)
そして僕は思う。
僕はどこかで小説のネタにしたいと思いながら、苦しむ彼女の横にいたのか?
・・いや、違う。
じゃあなぜ僕は彼女の隣にいたんだ?
彼女の隣で何を考え、何を思い、どうしてあげたかったのか、そしてどうしてもらいたかったのか。
あれはエゴなのか、愛なのか、なんなのか。
*******
間違ってるほど誰かを愛する。
間違ってても良いから好きだと思ってみる。
間違ってると思うけど気持ちを言葉にしてみる。
「間違ってる」ってもしかしたら一番、間違ってないのかもしれない。
ミスターエムは女性の愛し方を間違っている。でもその間違い方は、正しい間違い方なのかもしれない。
「やっぱり男たるもの、死ぬときは切腹しかないかと思うんですよねえ。」
「はい?」
唐突すぎる切り出しに、私は思わず首の筋をやった。声にならない声がでる。
ミスターエムはそんなことはお構いなしに、相変わらず一方的にこちらに向かって話を続ける。
なんだかよくわからないが、いっとき死ぬほど人間関係に悩んで、自ら人生を終わらせるために切腹についての本ばかり読み漁っていたのだとか。
「切腹ってやっぱり一番かっこいいですよね。男の覚悟だと思うんですよ。」
52歳の瞳がトゥルリと光る。
まだ3回しか会っていない私の前に、切腹に関する本の資料を広げようとする。
ああ、なるほど。私の間違いだった。
ミスターエムはたぶん、人として間違っている。