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あの時 もっと違う選択をしていれば・・・

【トリップ・角田光代

 

こんなはずじゃなかった・・・。

昔、思い描いたはずの将来の自分は、何というかもっと少なくとも今よりは全然マシで。

いや、マシどころかもっと。もっともっと輝いている予定だった。

 

なのに・・・なんで?いつから、どこで、何を間違えたんだ?

 

人はきっと種類は違えど、何かしらの「こんなはずじゃなかった」を抱えて生きている。

 

「後悔したってしょうがない。どんなに悔やんだって、過去は変えられないんだから。」

 

そんな言葉しか、口から出てこないようなポジティブマシーンみたいな人間だって

深夜に湯船にポチャンとつかりながら「本当にこれで良かったのかな」と思うことくらいはあるだろう。

 

 

角田光代さんのトリップという小説(短編集)には、そんなふうに

 

普通に生きているように見えて、実は「こんなはずじゃなかった」を、胸のうちに秘めている人々を、10個の物語にのせて、物凄いはばひろい年齢層でもって描いている。

 

大人も、子供も、お姉さんも、おっさんも。人間はみな、思い通りになんか 歩けていない。

 

******

 

トリップの中の「ビジョン」という物語の主人公は

もうすぐで40歳になろうとしている主婦だ。夫のやっている商店街のコロッケ屋さんを手伝っている。

 

“夏が終わったら40歳になる。驚いてしまう。20歳くらいの頃、自分が40になるなんて思いもしなかった。”

 

こじんまりとしたコロッケ屋さんの店先で、たんたんと仕事をこなしながら、彼女はぼんやりとそんなことを思う。

 

若いカップルの客が自分のことを

「こえーな、あのおばはん。」「人生に疲れ切ってんだよ。我慢してあげよーよ。」とコソコソ陰口を言っているのを感じとり

 

こいつらは自分達もいつか40歳になるなんて思ってもないんだろうな。とか思ったりする。

 

 

彼女は若い頃、結婚したくてしたくてたまらなかった。

 

結婚しないと何も始まらないし、とにかく結婚だけが自分の人生を大きく変えてくれると、違う世界へ連れて行ってくれると、そう信じていた。

 

でも、実際してみると、どうだろうか。思ってたよりずっと地味な暮らしではないか。

 

当たり前にできると思っていた子宝にも恵まれず、気づくとただ毎日、ボーッと突っ立っているだけのコロッケおばはんと化していた。

 

そして、ふと、どうゆう流れで今この状態に辿り着いたのかと、過去に思いを巡らせる。

本当にこれでよかったのかな?何かもっと・・・できたのかな。

 

角田光代・トリップ〔ビジョン〕より引用)

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後悔というのは果たして本当に意味のないものだろうか?私はなぜだか昔から、後悔のない人間には、興味が持てない。

 

人は間違う。

仕事も、恋愛も、住むまちも、子どもの有無も。

それが合ってたのか、間違ってたのかなんてのは、そうなってみないとわからない。

 

そしてさらに実は奥深いのは、人生は「選ばなかったということも選んだということになる」ということだ。

 

何かをやらなかったということは、やらないということを選んだということになる。そのわかりずらい一個一個が、つみ重なって今がある。

 

この小説のタイトルにもなっている「トリップ」という話にものすごくいい一文が出てくる。

 

“何一つ選べずにここに来たのではなく、選んできたのだと、それがよいものでも、そうでないものでも、それを選んできたのだと、いつか言える時がくるんだろうか(p51より引用)”

 

これを読んだ時、私は思わず本を横に置いて、ちょっとだけまぶたをパチパチさせてしまった。

 

そう、選んできたんだ。

それが良かったのか悪かったのかは別として、あれも、これも、実は一つ一つ選んできた。

私も、あなたも、みんな。選んで、今ここにいる。

 

もちろん、思い通りにはならなかったけど。笑

 

でも、だからこそ思う。

どうせ思い通りになんかならないから、もっと気軽に生きていいし、決めて良い。

 

ハードルの高い前向きな言葉より、「自分だけじゃないよな」と思わせてくれるもの。そうゆう人間の影の部分への共鳴でもって、前向きになれることもある。

 

トリップは、そんな平凡に見えて実はみんなが抱えている「こんなはずじゃなかった」という影にこそ、光を当てている。

 

誰かの影は、誰かにとっては光になるのだ。